高校3年生の有機化学で、1つの山場がエステルのはずです。
エステルを合成したり、分解したりさせる実験はやらせるけれど、本当に合成できているのか、分解されているのかまでは見えにくいんですよねぇ。
合成は芳香で確認できますが、分解は確かに見えにくいですね!
そこで今回は酢酸エチルを題材にして徹底的に分析する実験をご紹介します。
もちろん酢酸エチルを加水分解すると酢酸とエタノールが生じます。
今回はエタノールと酢酸が生じていることまで分析させる実験です!
この実験の意義
有機化学で、アルコールの酸化の次に控えている山場がこのエステルですね。
脂肪族炭化水素のラスボス的存在で、知識面では油脂などにも応用されます。
カルボン酸とアルコールがエステル結合してできるエステル。
芳香が独特なため、作って終わりで済ませている学校も多いと思います。
かつての私もそうでした。
様々な種類のカルボン酸と、アルコールを混合し、沸騰石と濃硫酸を加えて加熱すればエステルは容易に作ることができます。
一番インパクトがあるのは酪酸を使ったエステルではないでしょうか。
酪酸は良く言えば銀杏のにおいがします。
しかしエステルにすることによってそのにおいが芳香に変化します。
においの変化が分かりやすいため、体感的にも分かりやすい実験です。
しかし!
何年間か経験を積むにつれ、ここで終わってはいけないと思うようになりました。
エステルは入試問題でも頻出のテーマで、加水分解することによってカルボン酸(通常はアルカリで加水分解してナトリウム塩として分解される)とアルコールに分解できます。
この切り口の問題がやはり多いのです。
そして、酸触媒でも平衡を保ったまま加水分解されますし、アルカリ性条件なら逆反応を気にすることなく加水分解することができます。
実際に生徒と問題演習をしていても、「水酸化ナトリウム水溶液を加えて加熱させた後、硫酸で酸性にしてから抽出した。」というような表現が問題文に現れると混乱することが多いのです。
なぜ水酸化ナトリウムを使うのか。
水酸化ナトリウム水溶液と反応させるとどういう状態になるのか。
そして酸性条件にするのはなぜなのか。
もちろん、上の問いに対する疑問は以下のとおりです。
水酸化ナトリウム水溶液を使って加水分解をしている
水酸化ナトリウム水溶液を使っているのでカルボン酸はナトリウム塩になる
酸性条件にすることによってカルボン酸のナトリウム塩を弱酸の遊離によってカルボン酸の形にしている
入試問題を解答する際にも必要な情報(加水分解している)と、あくまで実験上の必要な手順として欠かすことのできない情報とを区別するためにも、実際に実験して経験しておくことに意味はあります。
今回紹介する実験はエステルの加水分解の実験になります。
しかし、定性的に分解生成物を分析している点で新しいと思います。
実際に実験う前に
酢酸エチルを水酸化ナトリウム水溶液で加水分解し、エタノールであることをヨードホルム反応で、酢酸であることを青色リトマス紙とにおいで確認する実験です。
もちろん、ヨードホルム反応を示したからエタノール、赤色リトマス紙が青変したから酢酸のように一対一対応するわけではありません。
数学的に言えば(?)必要条件的に確認しています。
また、ヨードホルム反応を何度も行いたくない場合なんかはこの実験で確認するのもいいと思います。
使用する器具と薬品
酢酸エチルの加水分解からエタノールの分析まで
器具
試験管(特大)・マッチ・ガスバーナー・試験管・試験管立て・三脚・金網・ビーカー・蒸留管・ゴム栓・ピペット
試薬
酢酸エチル・水酸化ナトリウム水溶液(6mol/L)・炭酸ナトリウム水溶液(1mol/L)・ヨウ素ヨウ化カリウム水溶液(ヨウ素8gとヨウ化カリウム15gを80mLの水に溶解)・お湯(適量)・沸騰石
酢酸の分析まで
器具
試験管(特大)・マッチ・ガスバーナー・三脚・金網・蒸留管・ゴム栓・ピペット・青色リトマス紙・ピンセット・試験管・試験管立て
試薬
メチルオレンジ・硫酸(3mol/L)
実験操作とポイント
酢酸エチルの加水分解からエタノールの分析まで
酢酸エチルを1mL程度、水酸化ナトリウム水溶液を3mL程度、特大試験管に入れて混合します。
ここのポイントはとにかく振ること!
ひたすらに振り続けないといけません。
加水分解後の水溶液は一層になります。
当然、水酸化ナトリウム水溶液の水層に、酢酸(のナトリウム塩)もエタノールも混じります。
全て親水性の物質ですから、ちゃんと一層になるまでひたすらに試験管を振って反応をさせてください。
試験管に触ると、途中でかなり発熱も感じられます。
もちろん、火傷などには至らないほどの温度ですので化学変化を感じる一つの指標としてぜひ体験させたい内容です。
実際に生徒に実験させると、ちゃんと一層になるまで待ちきれずに加熱を始める班が出てきます。
今までの実験が無機化学実験だからでしょうか、反応がすぐ完結すると考えている生徒が多いのです。
無機化学実験は瞬間的に色が変化する実験が多かったと思いますので、なかなか反応が進みにくい有機化学実験は反応終了を待ちきれずに失敗することが多い印象です。
さて、無事に試験管の中が一層になったら、沸騰石を入れて蒸留管をつけて加熱します。
この蒸留管がスグレモノで、十分に長いために空冷されて最初はエタノールを回収することになります。
蒸気の取り込み口よりも下に、くの字型に液体回収部分がついていて、かなり効率的にエタノールを回収することができます。
少しずつですが、エタノールがじわじわ集まっていく様子を観察することができます。
ここで回収したエタノールを試験管に移します。
そして、ヨウ素ヨウ化カリウム水溶液と炭酸ナトリウム水溶液を加えます。
アルカリ性条件にするのに、通常は水酸化ナトリウム水溶液を使いますね。
しかし、炭酸ナトリウム水溶液を使ったほうが結晶がキレイに得られるようです。
振って混ぜて、お湯を入れたビーカーに浸けます。
特有のにおいを感じるだけならばヨウ素ヨウ化カリウム水溶液は少量で十分でしょう。
うっすらと濁っているような分量でも、特異臭は確認することはできます。
なお、しっかりとヨードホルムの黄色結晶を視覚的にも確認させたい場合は、加えるヨウ素ヨウ化カリウム水溶液を増やしてください。
化学式はCHI3なので、ヨウ素の量は相当量必要です。
私は明確化するためにある程度の量の結晶を生じさせています。
ここまででヨードホルム反応を示すアルコール(今回はエタノール)を確認することができました。
酢酸の分析まで
今度は酢酸の確認を行います。
まず、先程の特大試験管の中に残っている液体を酸性にします。
酸性にすることによって、カルボン酸のナトリウム塩(R-COONa)になっている状態から弱酸の遊離によってカルボン酸(R-COOH)に戻します。
この過程を理解していない生徒が少なからずいます。
特に有機化学を学習したばかりで、まだ演習を積めていない場合は特に。
問題文中に出てくる薬品の種類が多すぎるのですが、実際に操作することによって必要性を認識させてください。
今回は指示薬としてメチルオレンジを使っています。
加えた当初は、当然黄色になります。
理由は加水分解に使った水酸化ナトリウム水溶液の影響があるからです。
そこで、硫酸を加えていきます。
メチルオレンジが橙黄色を通り越して明らかに酸性になるまで加えます。
これで完全に生じた酢酸ナトリウムは酢酸に変化しています。
状況に応じて、この段階で確認がてらにおいをかいでもいいかもしれません。
蒸留によって回収してから試験管に移して臭いを確認しています。
また、青色リトマス紙に触れさせて赤く変化することと合わせて酢酸であるとしています。
別々に蒸留することができる理由
気にしている人が少ないのですが、2回蒸留することに大きな意味がある実験です。
最初の蒸留では、一層になった水層の中にエタノール、酢酸ナトリウム、未反応の水酸化ナトリウムが混合して含まれています。
この中で、水素結合があるとはいえ、分子生物質はエタノールのみです。
沸点は78℃ですね。
よって最初の蒸留ではエタノールのみが取り出せるわけです。
この段階では酢酸ナトリウムは塩の形をとっているので、イオン性物質として沸騰しません。
酢酸の沸点は118℃ですが、酢酸ナトリウムの沸点は881℃です。
エタノールを蒸留で取り出した後、酢酸ナトリウムを硫酸によって酢酸に戻して蒸留によって取り出します。
今度は酢酸の沸点が118℃なので、酢酸を蒸留によって回収できます。
もちろん、試験管の中にエタノールが残っていることも考えられますので、エタノールと酢酸の混合物にはなってしまうでしょう。
しかし、最初の蒸留によってエタノールの大部分は回収されているはずですので、酢酸特有の刺激臭を感じるには十分です。
また、青色リトマス紙の変化と合わせれば十分に酢酸を実感することができます。
この分子性物質とイオン性物質と沸点の関係性も強調することができるいい実験だと思っています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
エステルの実験は、生徒の実験の練度が低いとどうしても作って終わりという形になりがちです。
その中でも面白くするために様々なカルボン酸とアルコールの組み合わせで何種類かの芳香を体感するというのももちろん1つではあります。
また、合成と分解をセットにしている方もいらっしゃいますが、生徒実験で合成されたエステルが微々たる量だった場合に、分解の実験までうまくいかないで苦労していることも多いです。
実は私も合成と分解を1時間の中で行う実験をやっていた時期もありました。
しかし、水酸化ナトリウムを使っての加水分解、硫酸処理によって酢酸になることを確認しようとしてもうまくいかないこともありました。
今回の実験は、加水分解のほうに焦点をあてて、アルコールもカルボン酸も定性的に分析する実験を紹介しました。
学校のカリキュラムとして2時間続きのコマがある場合は、1時間目でエステルの合成をテーマとして行い、2時間目で分解をテーマに行うという方法も考えられると思います。
また、今回の実験操作がそのまま入試問題になっている問題もあります。
パッと調べただけでも
・2009年関西学院大学
・1999年早稲田大学
・1992年東京電機大学
なんかはモロに酢酸エチルの合成や加水分解となっています。
また、構造決定の問題でも
・1995年同志社大学
など、古くても良問として未だに問題集に収録されているものもありますね。
加水分解生成物の分析までするこの実験を検討してみて下さい!
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