高校1年生の結合の単元で実験のしにくさを感じている先生、多くないですか?
理論的なことを学ぶだけだし、早くmol計算をやったほうがいいのでは?
化学式を書けるようにしておかないと破綻しますよ!
化学基礎は前半の結合の部分(暗記化学でも乗り切れる分野)と後半の計算の部分(mol計算)で雰囲気が変わりますね。
私は自分の授業改善のためにも、毎年年度末に生徒にアンケートをとっていますが「年度の前半と後半で全然違った!」という声も多いです。
苦手になりやすい計算の部分に時間を割くために、結合の部分を軽視しがちな先生も多いです。
ここで大切なのが化学式が書けるか、という点です。
計算に力を入れても、結局のところ化学反応式が書けないと量的関係を考えることができません。
そのためには1つ1つの化学式(組成式含む)が書けないといけません。
また、組成式が書けるとイオン反応であれば化学反応式を逆に導くことができる場合も多いです。
特に酸塩基反応なんかはそうですよね。
うまい実験のネタ、何かないかなぁ…
混ぜるだけで変化もわかりやすい簡単実験がありますよ!
私も同じように若い頃は繰り返し演習で通り過ぎていました。
そんなときにこの実験に出会いました。
5種類の水溶液を混ぜるだけなのにも関わらず、見た目の変化もキレイで勉強になる実験です!
沈殿生成反応を利用している実験なのですが、化学式(組成式)のしくみを考え、さらに組み合わせを自然に考えることによってイオン反応から化学反応式を立式できるようになる素晴らしい実験です!
1時間(50分)の中で考える時間を十分にとることができるため、この実験の前後で生徒の理解がガラッと変わることがあります!
この実験を行うと、生徒が自分から化学式も化学反応式も書きたくなるようになります(本当です)。
この実験の意義
高校1年生の最初の鬼門は組成式を含めた化学式全般だと思います。
指導にも苦労している先生は多いはずです。
この実験は簡単なのにインパクトのある実験になっています。
そもそもなぜ化学式が苦手になるのか
中学校2年生で原子の勉強が始まります。
そして、いくつかの物質について化学式で表すようになるのですが、イオンも勉強していない、共有結合も知らない(教員側もカリキュラム的に説明できない)ので、まずは覚えようということになります。
だから生徒にとって化学式は覚えるものという認識になってしまいます。
学校や先生によっては、非金属元素でできている物質の価標を教える方もいます。
十分に理解できるレベルの生徒がこのような先生や学校に巡り会えると、単純な暗記に陥らずに済みますが、巡り会えるかは確率の問題です。
そして中学校の先生の中には専門が化学ではない方も大勢いらっしゃいます。
その結果どういうことになるかというと、化学反応式の丸暗記が起こります。
これはもう、はっきりいってナンセンスです。
先生側も化学反応式における係数合わせの作業をもちろん教えるのですが、論理的に考えるよりも丸暗記してしまう癖が化学式の時点で既についてしまっているため、化学反応式も丸暗記に走ってしまう生徒が少なくありません。
また、中学校で扱う化学反応式は単純なものが多く、丸暗記でも乗り切れてしまうという現実もあります。
更に塾や高校受験の存在もあります。
点数を取らせるために、生徒の能力によっては塾で化学反応式の丸暗記テストなんかをしたりします。
生徒も高校受験を突破するために必死で暗記をするわけです。
中学3年生の段階でイオンも扱いますが、この価数についてもほとんど丸暗記です。
電子配置がカリキュラムに入っていないので教える側もある程度割り切って暗記させざるをえません。
中2でも原子や化学式を暗記し、中3でもイオンを暗記で乗り切ります。
そうやってガチガチに暗記する癖がついた状態で高校化学に触れるとどうなるか。
扱う原子やイオンの種類が一気に増えてアレルギーを起こしてしまうのです。
頼みの綱の周期表も、暗記なので暗記グセが抜けません。
高校の化学基礎では、電子配置を先に扱ってイオンの成り立ちへ移行するため、共有結合よりも先にイオン結合が登場します。
暗記化学への解決策
そこでタイムリーにこの実験を行うことにより、まずはイオンの価数が暗記ではなく周期表に基づいていることを確認します。
そして、イオンの価数の組み合わせで化学式(組成式)が作れることへとつなげます。
当然、ここまで理解ができれば電離式も書けるようになりますね。
中3の時には、化合物を暗記したイオンに分割するだけだった電離式も、高校1年生で根拠を持ってイオンで書き表すことができるとステップアップを実感できます。
そして沈殿が生じることが化学変化だということは、中学2年生の「質量保存の法則」の実験でやっているはずです。
混合する前のバリウムイオンを含む水溶液と、うすい硫酸を混合して硫酸バリウムの沈殿を作る実験があります。
この実験で「沈殿が生じる変化は化学変化である」ことを知っているので、沈殿生成を題材にして化学反応式とイオン反応式を書く練習にもってこいなのです。
加えて、今回の実験で生じる沈殿は白や黒だけでなく、鮮やかな黄色のものも混ぜています。
生徒からするとこの黄色の沈殿は目新しく興味がわきます。
興味が湧けば化学式で書き表したり、変化を書いたりしたくなるのでそこをうまくレポートにまとめさせ、アウトプットさせながら理解につなげるという実験です。
ここで暗記化学と少しでもサヨナラすることができれば、この後の共有結合の話でも原子価や価標の数とも関連付けさせて根拠をもって論理的に考えさせる方向に促すことができるようになります。
かなり熱く語ってしまいましたが、生徒を化学好きにさせるきっかけになる実験です!
実際に実験を行う前に
実験操作自体は本当に5分くらいで終えることができます。
ピペットで5種類の薬品を吸って混ぜるだけの簡単な実験です。
ピペットの持ち方や吸い上げ方、取り分け方など今後もずっと使っていく技術を反復練習するにはもってこいの実験だと思います。
高校生でも持ち方が違うことも往々にしてありますので、一度全体の前で確認させたり、水道水を使って練習するのもありかもしれません。
使用する器具と薬品
器具
試験管(大)5本・試験管(小)10本・試験管立て
ピペット(生徒の実態に応じて1本にするか5本にするか)
試薬
濃度は全て0.1mol/Lです。
◆塩化バリウム水溶液
◆ヨウ化カリウム水溶液
◆硫酸ナトリウム水溶液
◆硫化ナトリウム水溶液
◆硝酸鉛(Ⅱ)水溶液
以上です。
0.1mol/Lの理由は、使用する薬品を少なくするということもありますが、塩化鉛(Ⅱ)の沈殿を生じさせないためというのもあります。
塩化鉛(Ⅱ)の溶解度は3.34となっています。
理論値としては、この濃度であれば(100gの水に換算して)2.78g相当の塩化鉛(Ⅱ)が生じることになりますが、全て溶けるため沈殿は生じないということになります。
むやみやたらと沈殿ばかり生じても面白くないです。
しかも塩化鉛(Ⅱ)の沈殿も白色ですからね。
実験操作とポイント
試薬を分注して配る際
生徒に実験させる場合には、5種類の水溶液を試験管(大)に3~6mL程度取り分けて渡します。
試験管にビニールテープを巻いておき、どの色の試験管がどの水溶液が入っているか混乱しないようにするといいと思います。
学校に十分な本数のピペットがある場合には、ピペットにもビニールテープを巻いておき試薬を誤って混ぜてしまうことを防ぐというのも1つの方法です。
そもそも十分な本数のピペットが無い場合には各班に1本しかピペットを渡さないことになりますが、違う種類の水溶液を取り分けるたびに丁寧に洗うように声掛けをしましょう。
ピペットの洗い方
こちらが想像している以上に、生徒はピペットの洗い方が下手だったりします。
そもそも細長い物体の洗浄そのものが難しいわけです。
中で液体の移動も起こりにくいため洗いにくくなっています。
きちんと水を通す、予備の試験管に水を汲んで洗うなどしないと、ピペットの内部で水溶液が混ざり、ピペットの内側が白くなってしまう(沈殿が付着してしまう)ため、後片付けが恐ろしく大変になります。
ピペットを洗浄できるブラシ(細長い器具を洗浄するブラシ)が学校に準備されていないところも少なくないのではないでしょうか。
ピペットで水溶液をとって混合するとき
ピペットで薬品を取り分ける操作そのものが苦手なことも多いです。
この実験をやるのは高校1年生の1学期の序盤~中盤にかけてだと思います。
(状況によっては高校2年生の無機化学で取り扱うのもアリ)
今後のことも考えて、ピペットで試薬を取り分ける練習も兼ねましょう。
生徒に「5種類の試薬を1mLずつとって混合して」と伝えるとどういうことが起こるでしょうか。
彼・彼女たちは律儀に1回ずつ、1mLずつ取り分けるということをするため、水溶液の混合だけで恐ろしく時間をとることになってしまいます。
そこで事前に「1度に4mL吸い上げておいて、4つの試験管に1mLずつ出しなさい。」と伝えます。
「1つのストロークで終わらせるんだ!4ストロークするんじゃない!」みたいな感じです。
ただし、こうするためには生徒に5mLのピペットを渡さなければなりません。
学校に十分に本数がない場合は、やむをえず3mLのピペットで代用することもあると思います。
その際は混合する水溶液の体積も半分にします。
「1度に2mL吸い上げておいて4本の試験管に0.5mLずつ出す」ということになります。
0.5mLずつの混合でも十分に沈殿しますし、識別もできます。
生徒にわたすピペットの容量に応じて、最初に取り分ける水溶液の量も変えています。
5mLのピペットを渡す場合は5~6mL程度渡していますし、3mLのピペットを渡す場合には3~4mL程度水溶液を渡しています。
0.5mLずつの混合であれば廃液が少なくなるメリットがあります!
しかし3mLのより細いピペットを渡すことになるので、生徒は水洗いしにくそう(水通ししにくそう)です。
硫化ナトリウム水溶液という魔物
硫化ナトリウム水溶液は長期保存ができません。
そのため実験する数日以内に調製しないと硫化鉛(Ⅱ)の沈殿が生じません。
分解が進んでしまった硫化ナトリウム水溶液を使用するとどうなるか。
塩基性水溶液のため水酸化鉛(Ⅱ)などが生じてしまうと考えられます。
これは必ず確認しておくようにしましょう!
実験結果と学習の展開
実験結果としては、以下の5種類の沈殿が生じますね。
◆ 硫酸バリウム → 白色
◆ 硫化バリウム → 白色
◆ 硫酸鉛(Ⅱ)→ 白色
◆ 硫化鉛(Ⅱ)→ 黒色
◆ ヨウ化鉛(Ⅱ)→ 黄色
黄色の沈殿が生じるときの生徒の反応はなかなか感動に満ちていますよ(笑)
逆に考えると、生徒たちがいかに沈殿が白や黒しかないと思っているのかがよくわかります(これはこれで問題だと思うのですが)。
さて、生徒の実態に応じて調節はしますが、以下のような学習の展開が可能です。
① 電離式を書かせることによってイオンの成り立ちを考えさせる
② 沈殿生成の結果から生じた沈殿の化学式を予想させる
③ 沈殿生成の化学変化をイオン反応式で書き表させる
④ 沈殿生成の化学変化を化学反応式で書き表させる
年度によって、硝酸イオンと硫酸イオンなどの多原子イオンを含む物質はヒントとして組成式を書いておくとか、遷移元素の話をあまりできていないときは硝酸鉛(Ⅱ)の化学式を書いてしまうなどの調節をしています。
化学反応によって結びつくイオンの相手が変わるということまでは生徒側も想像できるのですが、ここで1つ生徒に伝えておかないといけない情報があります。
それはNa+とK+とNO3-は沈殿に関与しないということです。
とういうことかというと、例えば塩化バリウム水溶液と硫酸ナトリウム水溶液を混合する場合に、生じる沈殿が硫酸バリウムではなく塩化ナトリウムだと記述してくる生徒が一定数います。
塩化ナトリウムはさすがに食塩の成分という認識があるので大丈夫でも、硝酸カリウムなどの聞き慣れていない物質については沈殿になっていると判断してしまう生徒がいるということです。
この誤解を未然に防止するために、上記のルール(Na+とK+とNO3-)を説明します。
このルールはイオン化傾向を学習すると自然に身につく知識ですが、高校1年生の1学期にこの実験を行う場合には未習事項であるので、事前にこちらからこのルールを提示してしまいます。
先生方の中には、なぜこの5種類の溶液を使っていたのか疑問に感じた方もいらっしゃったかと思いますが、実はこのルールの提示によって全ての組み合わせの沈殿と化学反応式が書けるようになってしまうのです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
難しい原理を使うわけではなく、ただ水溶液を混合するだけの実験です。
しかし化学物質の種類と組み合わせが多いので、見た目からも強く生徒の記憶に残ります(特にヨウ化鉛の黄色沈殿が)。
強烈な印象をモチベーションupにつなげ、そのまま机上の学習にもつなげてしまいましょう。
ここで化学式に対する苦手意識をなくしておくと、この後の展開が全然違ってきます!